当ブログの管理人
はプロレスが大好きである。
3年前、試合中にリング上で不慮の死を遂げた
三沢光晴選手は、私にとって
最後のヒーローである。
はるか昔、
プロレスにとって華々しい時代があったて、
若かりし頃の
猪木や
馬場が活躍していた時がそれですね。
でもそれ以降、
プロレスというのはどうしてもメジャーになれなくて、
僕も一時期熱の冷めていた時がありました。
でもその熱を再び上げてくれたのが、
三沢光晴というレスラー。
エルボーの貴公子と呼ばれ、まだトップレスラーになる前の、
鶴田や
ハンセン、
ゴディーなどに果敢に挑む姿は、
観る者全ての胸を打ったと思います。
三沢光晴選手が初めて
スタン・ハンセンを下し、
三冠王者になったこの試合は、思わず涙ぐんでしまった・・・・
若いですね~!(^^)
当時三沢選手は32歳だったそうです。
ジャイアント馬場が他界した後、
なんとか全日本プロレスを盛り上げようと奮闘するも、
当時の社長
(馬場夫人)との軋轢から離脱。
そして新しいプロレス団体
『NOAH』を旗揚げ。
この時、
全日のほとんどの選手が
三沢光晴選手についてきたのが、
プロレスラーとしてだけでなく、
人としての器の大きさも感じぜずにはいられません。
NOAH内部だけにとどまらず、他団体との交流から
あの時期プロレス界が活性化していました。
残念ながら、現在は
プロレス人気は
ドン底と言わざるを得ないでしょう。
三沢光晴というレスラーあってこその盛り上がり、
という事実は否めません。
プロレスを愛するものとして、
プロレスの存続のためにも、
三沢に変わるカリスマの登場を切望します・・・・・
そして3年目の今日、リングに散った三沢選手のご冥福を、
改めてお祈り申し上げたい。
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